2007年07月26日

戦後レジーム:CAP一考

1.はじめに


 今日は、戦後レイジームの端的な代物である、CAPについて取り上げようと思う。さて、CAPは以前子供権利条例のエントリーでも取り上げたことがある。そのときは、過激な性教育や、子供たちによる、大人へのカンガルー・コート(子供権利委員会)についてのみ触れただけである。
 そのため、今回は、CAPについて、別の視点から見ていこうと思う。最近本屋で、CAPやDVに関する本を見つけた。どの出版社から出ているのかみたら、すべて解放同和がらみの出版社であった。内容を確かめていたが、なぜかヤラセデータばかりを詳細(?)に掲載していたのには、呆れて眩暈を覚えた。
 ところで、この解放同和とは、宝島社の本『同和利権の真相』を読んでいただければ、ご理解していただけると思うが、北朝鮮や中核派、自民、民主、社民ときわめて強いつながりを持つ。



2.CAPを持ち上げる北陸中日新聞


 北陸中日新聞が、7回にわたってCAPを大絶賛している。もし、その内容を見られたい方がおられる場合、北陸中日新聞のNPO通信を見ていただければありがたい。もしかすると、ネットでは、6,7回目のところを見ることができるだろう。
 ちなみに、CAPはどの県でも、女性財団もしくは共生センターなどフェミ施設に集中している。富山の場合は、共生センターである。どうもよいが、富山の共生センターの看板には、「ジェンダー・プロモーション」と英文で書いてある。何のことはない。ジェンダーフリー推進を共生という漢字に直しただけである。



 1)5月8日:人権意識で子どもを守る

 初めて、富山にもCAPがあるのを知ったのは、この日の記事である。写真に出ているフェミ婆の写真を見て、リアルに嘔吐した。屋台の死にかけたひよこ宛らの姿形もさることながら、オレンジ色のでかいハートに「けんり」と書いている。しかも、これは、大人向けのワークショップなのである。
 何でも世界16カ国に、CAP教育が行われており、「子供の権利覚醒」を目指しているとのことだ。たしかに、本屋においてあった本には、アメリカやイギリスの事例を表にして書いたものがあった。しかし、どの国のもそうだが、日本のフェミが言うような、自己決定権一辺倒ではない。ましてや、子供に権利委員会をやらせる国などどこにもない、とそのCAP紹介本に書いてあった。



 2)5月15日:人の持つ力を引き出す

 どうも、解放同和・中核派的内容なので、書いているほうも辟易する。「人権意識」に基づく「安全・安心」などという表現が踊っている。
 読んでいて笑えた部分がある。富山だけが、CAP依頼が減っていると、ボヤキを入れているが当たり前である。「世間が911テロ以降、考えるのをやめて、管理・規制・権力といった自分お外に安全を求めている」と書いている。
 CAPを「担っている」その自分たちは、日ごろ人権侵害を受けているといって、裁判所に判断を仰ぐといった、私的自治や自己決定権を究極的に権力に求めているのではないか。



 3)5月22日:『安心』『自信』『自由』奪う暴力

 CAPプログラムは、「権利」「エンパワメント」「コミュニティー」の三本柱で形成されている。ここでは、やたら生きるために、「安心」して「自信」をもって、「自由」に生きることを推奨している。
 結びの言葉には、冷笑した。「自分を大切に、相手も大切に」とか言っているが、何のことはない。同和団体に属する連中は、多くが自分を大切にするが、気に入らない相手には、「人権学習会」というリンチをしでかしていることは棚に上げている。



 4)5月29日:子の力信じ地域でサポート


 これを読んでいて、同和系フェミは、自己矛盾をスルーして勝手に話を進めている、というのがわかった。富山県人は、そういういい加減なところを見つけると、すぐにソッポを向く習性がある。その辺、フェミは未だに気がついていない。
 驚いたのだが、「子供を守ろうとすることが、子供の行動規制をすること」になるそうだ。しかも、行動規制が原因で、子供に無力感や不安感が助長する、とオッシャルのだ。しかも、子供は大人と同じように何でも意思表示ができるというらしい。嫌なら、「NO」「GO」「TELL」と意思表示しろ、だそうだ。
 ところが、最後でまたまた自己矛盾している。先ほどは、「子供は大人と同じだけ何でもできる」と言っておきながら、「地域の大人が子供をサポートしろ」ときている。いや、完全に切れているというしかない。


 5)6月5日:被害にあったら

 フェミにとって、被害は自分のせい、ということは一切ないそうだ。しかも、被害は親に話せるとは限らないので、カウンセラーとか誰かに話せ、という有様である。いや、最近の子連れの親を見る限り、とても子供のしつけをしっかりしているようには見えないので、到底親として子供の相談にはのってやる能力がないのかもしれない。



 6)6月12日:ワークショップでの生の体験

 CAPが盛んな地域では、小中高までCAPのワークショップがある。それは、「日ごろ親親類から声をかけてもらっているか」とか言って、家族不信を呼び起こさせるものである。
 また、カンガルーコート(人民裁判)の練習でもある。この人民裁判の練習で、「自分が大切な存在」とい理解できるようになるらしい。到底、信じがたい。
 最後の言葉は、扱けた。「被害者を守るだけでなく、加害者も作らない」ことのために、CAPのワークショップをやっていると自慢そうだ。


 7)6月19日:困っている子に手をさしのべたい

 さて、CAP最終回も、すごいデンパである。CAPを日本に紹介したCAP第一人者の自称者、森田ゆりは、以下のように勝手に社会不信をあらわにしている。
 「学校が保護者が警察からの不審者情報に一喜一憂し、路上の不審者探しをしている間に、子供は家族や学校での暴力に傷ついている」といっている。
 止めがすごい。「困っている子に手を差し伸べたい」と言っておきながら、「子供が自分のみを自分で守る必要がある」と、またまた自己矛盾している。



3、法律面から見たCAPの問題点


 1)教育を受ける権利を侵害

 CAPにおける問題点の一つは、教育を受ける権利、つまり、「能力に応じて等しく教育を受ける権利を有する」ことを侵害する点にある。
 CAPは、国家からの干渉を受けずに、自由な教育によって人格形成できるようにすることを目的にしているわけでもない。子供権利委員会という、人民裁判という究極の干渉を受け、最悪全人格否定されることにもなるのである。ましてや、同和のすすめるCAPなど、論外である。
 また、国家に対して教育施設・条件整備を請求できなくするものでもある。そもそも教育とは、学習意欲を充足するために、自己に教育を施すことを大人に要求する、子供の権利である。というのも、子供は、自ら学習することができないからである。諸氏も、それは経験済みかと思う。
 しかも、このCAPが盛んなところは、CAPがない地域と違い、正確・中立・公正・全国的一定水準の教育を受けかれる保障はないのだ。事実、CAPが盛んな地域は、同和や在日、過激派出身の教員が出張る地域でもあり、「特別事業」なるもので、著しく学習意欲や学習進展が減退している。



 2)学説から見たCAPの問題点


 教育権の学説には、国家教育権説、国民教育権説、折衷説があり、折衷説が判例(最高裁大法廷昭和51年5月21日判決)である。
 国家教育権説では、国民福祉のために教育水準を維持・確立する責務が国家に課せられている(26条:社会権)ことが強調されている。となると、「特別授業」で子供の学習機会が奪われ、将来的に日本全体の競争力が減退するだけでなく、この子供の将来自体、使い物にならない人間として、娑婆で野垂れ死にするはめになる可能性も高くなる。
 国民教育権説では、子供の生来的権利である学習権と、子供の学習権を保障する教育が強調されている。もし、CAPが主体とあるような教育が行われた際は、間違いなく子供が自分で何でも気づいて自分でやらなければならないことになる。全部の子供が、自分で「1を聞いて100を知る」とは限らないはずだ。その辺、フェミはごり押しして
子供に全部ヤラセろと言ったり、家族以外のものに聞けなどと煙をまく。
 折衷説では、子供の教育内容を決めるのは、国と親・教師としている。それに基づけば、CAPはすべてを否定し、自分と家族・学校以外のものに依存しろ、としている。
 結論として、CAPを推し進めている地域や学校があれば、「CAP推進は、憲法違反だ」と、告訴されない程度に抗議しなければならない。



4.おわりに 

 
 今日は、CAPの問題点を、北陸中日新聞のNPO通信と、憲法の学説・判例を基にしてみてみた。ところで、現在の教育改革は問題点が多々あるのだが、しかし、フェミにとっては完全な「戦前回帰・バックラッシュ」らしい。そのため、教育基本法改正以降、急に全国で子供権利条例やCAP事業推進が盛んになってきた。
 それは、フェミにとって、安倍首相が行っている教育改革が、フェミや同和・在日・日教組等極左集団にとって利権剥奪という生殺与奪を握られる事態になるためだからだ。
 もし、今回の選挙で、自民が大敗し、民主=社民連立政権が発足した場合、間違いなくCAPや子供権利条例を教科書とする、教育体制が完備されることになる。その際、どんなに反対しても、その悪法はのしかかってくる。それゆえ、今のうちに、CAPや子供権利条例を、極右型に改造しておいて、極左連中に有無を言わせないような迎撃体制をとっておかなければならない。

 
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2007年07月20日

フェミファシズム:田嶋陽子一考

1.はじめに


 今日は、フェミファシストである田嶋陽子について取り上げる。さて、田嶋陽子とは、醜悪な面構えをぶら下げて、人の意見を遮り、かなり独善主義的な代物である。どうでもよい話だが、政治家をやっていたことはご存知であろうと思う。そのきっかけとなるものは、かつて山本コウタローらの結成した環境政党「ちきゅうクラブ」の推薦人として名を連ねたことであろう。
 また、当の本人は、在日朝鮮人らしく、似非人権擁護の考えに基づき、嘘捏造の「従軍慰安婦」問題や売春(朝鮮ピー)、朝鮮人の嘘捏造に乗っかった「強制連行」等など、国外のありもしない人権侵害全般に対する、マッチポンプ的問題提起を行っている。そのため、自らが国内で行っている人権侵害は、大声を上げて誤魔化すだけである。



2.テレビに出る自意識過剰なバケモノ



 1)経歴

 田嶋陽子は、岡山県浅口市(旧・鴨方町)出身で、日本女性学会所属の元法政大学教授である。また、元参議院議員でもある。彼女(?)は、「たかじんのそこまで言って委員会」の常連であり、いつも馬鹿の金メダル級脱線発言をかましている。
 今から15年前のテレビ朝日系『ビートたけしのTVタックル』にゲストとして出演していた。当時は、フェミニズムといえば、世間離れしすぎた基地外集団というイメージしかなかったが、この時期から娯楽性を含んだ基地外フェミとして、TVから商品価値を見出されたようだ。
 かつて、東京都知事になる前の石原慎太郎とは、激しいディベートを繰り広げた経歴があるが、藤井厳喜がキャスターを務めるラジオ番組において、論破された挙句、番組中に泣き出し、レギュラーを降板した。日頃「女の自立」を唱えるくせに、負けると女という砦に逃げ込むという、卑怯千万な輩である。



2)出演経歴

 
 「笑っていいとも!」(1990年・フジテレビ)(「モリタ花婿アカデミー」講師として出演)、「 ビートたけしのTVタックル」(1991年〜・テレビ朝日) 、「たかじんのそこまで言って委員会」(2003年〜・よみうりテレビ)(準レギュラー) 、「踊る!さんま御殿!!」 では、ある意味エンターテイナーとなっている。
 他には、NHKの英会話や「魚河岸のプリンセス」に出演。おまけに、映画「スーパーの女」「メトレス」にも出演を果たしている。相当商品価値があるらしく、CMでは、ニッセン、YKK、ネスレ、ヴァージン・アトランティック航空、マイクロソフトに主演している。



3)自慰本

 
 @)自慰本紹介

 今まで紹介したフェミ同様、あまり紹介したくないが、著作の範疇にも入りそうもない作品を紹介する。『愛という名の支配』(太郎次郎社) 『もう、「女」はやってられない』(講談社) 『だからなんなのさ! −史上最強の田嶋語録』(テレビ朝日) 『それでも恋がしたいあなたへ −私の体験的恋愛論』(徳間文庫) 『田嶋陽子が人生の先達と考える女の大老境』(マガジンハウス) 『ヒロインはなぜ殺されるのか』(講談社) 『だから、女は「男」をあてにしない』(講談社) 『もう男だけに政治はまかせられない』(オークラ出版) 『女は愛でバカになる』(集英社) 、以上である。



 A)『愛という名の支配』(太郎次郎社)

 今月に入って、共生センター(旧女性財団)において、この自慰本を見つけた。なんでも、女は男の奴隷だったそうだ。小生も、ある意味笑えた。というより、冷笑したので、渦巻き糞を落書きしてやりたい衝動を抑えるのに苦労した。
 その奴隷状態を表すのに、「ガレー船」を図入りで説明している。いくらなんでも、話を分かりやすくするため、とはいえ意味不明なものを持ち出して欲しくないものだ。普通の人間なら、脳内妄想といわれても文句が言えない。さすがは、面とエラの厚い代物である。
 そのたとえ話だが、ホモとレズの社会が大昔に存在し、男が夜這いかけて、男なら拉致し、女なら放り出していく、という与太話である。しかも、要求がエスカレートして、夜這いで間に合わなくなって、女を奴隷化したという妄想話を語って見せている。
 この話だけなら、笑えるのだが、ギリシャ神話のアマゾネスを理想社会だとノタマッテイルのには、唖然とした。どうやら、ガキの戯言を言いたいがために、この本を書いただけのようである。要するに、男がやっていることを、女が仕返しにやってしまえ、と言っているだけなのである。



 B)『それでも恋がしたいあなたへ −私の体験的恋愛論』(徳間文庫)


 この本も、共生センターで見つけた。なんでも、昔はモテモテだったとか言っている。本当かどうか、小生は知るよしはない。むしろ、あの面構えなら、男が寄ってくるはずがない、と声を大にしていいたい。
 ただ、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を見る限りでは、「一度目のイギリス留学の間に、年下のベルギーの公爵に求婚され、交際中はお城での生活を送っていた。また二度目のイギリス留学でも帰国後5年間も「通い婚」をするほどの大恋愛を経験。」と、なっている。どうやら、編集圧力をかけている節もあるので、俄に信じ難い。
 しかも、相当精神が捩れているようである。母親が父親にDVされていたと、ひたすら勘違いしまくっているところからそうなのだが、妄想のオンパレードである。
 告白されて、恋愛の情熱が薄れたりするようだ。どういう神経おしているのだろうか?そのひねくれ根性には、鳩山由紀夫が、麻生大臣の発言を言葉狩りするのに似ている気もする。
そのひねくれ根性が全開している表現を見つけた。自分が博士号を持っているからといって、相手の学歴が学士であるのを見下しているのである。しかも、博士の方がエライので、学士が、飯を拵えろ、と堂々とアカデミック・ハラスメントを仕出かしている。



4)政治センスなき政治屋


 田嶋は、国会議員になったあたりで、随分問題発言を繰り返している。今、マスコミが自民党議員、特に閣僚の「失言」を部分的に切り出して、叩いているのを、この田嶋に向けてやるべきではないのだろうか?最も、マスコミ連中は、朝鮮人やチャイナ人に「やさしい」ので取り上げないのは、目に見えているので期待しない。
 政治に入り込む前、自民党を散々コケにしていたくせに、民主党や社民、共産を散々扱き下ろし、小泉改革を徹底的にマンセーしている。そして、「従軍慰安婦」なるフィクションを散々取り上げ、インドネシアや台湾、韓国、中国まで出かけて、日本の恥を散々さらしている。
 以下は、当時の問題発言の内容である。
 

「女性省が嫌だったら、男女平等省」「構造改革特区のところに男女平等政策特区」「1300万人の専業主婦かもしれない女性たちが働いたら2・7兆円の収入がある。」「男の人の300%働いている女性もいます。」「女性という資源は、社会に出るまではむしろ男性よりも優れた資源なんですね」「宇部市の男らしさ、女らしさ、専業主婦を尊重する条例は明らかに時代錯誤、先祖返り」



5)拉致侮蔑発言


 一昨年の2/20の「たかじんのそこまで言って委員会」では、拉致被害者の会を散々愚弄した発言をして、全国から大顰蹙を買った。以下に、その内容を掲載する。
その前に、離党する際、「北の拉致と社民党との関係を知らなかった」と嘯いていたが、阿川との対談で、「知っていた。知っていてなんで入党したか、といわれるので、どっちにしても赤信号。地雷を踏むことになる」といっていたことを忘れないでいただきたい。




三宅「非常に不幸なことだけど、当時はね、売春というのはね、いわゆる公の職業だったの」
田嶋「違うって!拉致されたのあのひとたちはっ!」
三宅「拉致なんかしなくても、新聞広告やなんかでいくらでも集まってたんだから」
田嶋「北朝鮮はその当時のそれをいま真似してやったんだよ、日本人の拉致を」
三宅「馬鹿なことを言うなっ。北朝鮮のやった犯罪というのはだね、北朝鮮の日本人拉致という犯罪がだね、その売春婦のことと一緒にする馬鹿がどこにいるっ!」
田嶋「事実を認めなきゃダメっ三宅さんは・・」
三宅「きみはどこの国の人間かそれはっ!」
田嶋「国交正常化して、日本人が北朝鮮のすみずみまで入っていくような状況作る」

一同「ありえない!」

辛坊「すでに国交正常化してる国の人たちが、自由に入れることは全くないんですよ(苦笑)」

田嶋「それを国交正常化の条件にする」

橋下「田嶋を喜び組にいれて金正日を失神させる(笑)。そしたら金正日逃げちゃう」

田嶋「(橋下弁護士に)あーあー来てごらんよ、そしたら一番に殺してやる!」

辛坊「伊豆見先生、すみません」

伊豆見「田嶋さんの意見は現実的でない。核・ミサイル・拉致が解決しない限り、国交正常化はない」

宮崎「拉致被害者と家族、どんどん歳をとっていく」

伊豆見「核も問題で時間がない。時間が経てば経つほど危険になる」

田嶋「政治家何してんだよ」





3・終わりに


 田嶋陽子は、神奈川県知事選に出馬したが、全く相手にされずに、落選した。せいぜい相手をしてくれたのは、もの珍しそうに携帯写真を撮りによってきた、地元の女子高生ぐらいである。その選挙というと、公職選挙法違反になることをしている。なんでも、選挙ポスターに、自筆サインをいれ、販売していた。何度も選挙管理委員会から厳重注意や警告を受けていたようだが、無視し続けていた。
 落選の前後あたりで、公職選挙法違反で逮捕の噂が立っただけでなく、ネット記事にまで掲載される始末であった。そのため、しばらく大学の授業にでずに、雲隠れしていたようだ。
あと、どうでも良い話だが、演説も小学生の作文並みに拙かったようだ。おまけに、神奈川県の県政になんらかかわりのない、「従軍慰安婦への補償」やら「自治基本条例」なるもの、フェミ優先の事業ばかりを公約に掲げていた。今思えば、これが現在の民主党の選挙公約そのものである、というべきであろう。
今こそ、田嶋陽子のような自意識のバケモノを、表舞台から放り出す時期である。そのためには、保守ではなく、極右の風が必要になる。極左を叩き潰すには、極右のみ。諸氏らも、お気づきだと思う。
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2007年07月16日

フェミファシズム:遥洋子一考

1.はじめに



 今日は、フェミファシストである遥洋子についてとりあげる。遙洋子といえば、最近では、毎日新聞社の明珍女史とツルンで、自虐的歴史観をばら撒いた。中帰連の廃兵を利用し、「日本軍は残酷だった」「参謀本部はなにもしなかった」とか、もう好き勝手言いたい放題であった。このような売国奴が、マスコミ受けするのだから、もはや日本においてマスメディアなど、タリバン政権がやったように、さっさと廃止してしまう以外ないだろう。
 遥洋子の本名は権藤洋子であり、権(グゥオ)という代表的朝鮮姓である。「ときめきタイムリー」という番組で、日本人じゃないことを売りにしていた。事実、「チマチョゴリの写真」や「実家の牧場」もその番組で公開している。話は逸れるが、「たかじんのそこまでいって委員会」、昨年5月28日の番組では、森本敏氏に「座れ!」と怒鳴られたぐらい非常識な言動をとっていた。やはり、在日朝鮮人とは、野蛮で粗雑な生物なようである。





2. フェミニズムに嵌る芸人



1) 自慰本



 遥洋子は、『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』筑摩書房、 『結婚しません。』講談社、『働く女は敵ばかり』朝日新聞社、 『野球は阪神私は独身』青春出版社、『介護と恋愛』筑摩書房、『ハイブリッド・ウーマン』講談社、『美女の不幸』筑摩書房、『日本の論点2003』(共著)文藝春秋を出している。題名自体、妄想のオンパレードであり、在日朝鮮人らしい、被害妄想に浸った内容である。まるで、同類である柳美里を髣髴とさせる。
 つまり、「彼女」は、フェミニストであると同時に、タレント、作家である。
 他に、朝日新聞の連載をやらかしている。そこでは、『結婚しません』、『働く女は敵ばかり』と、フェミニズムを著作を出版し、講演やコラムを連載している。最近では、日経ビジネスのコラム「働く女性の眼」も『好評』のようだ。著作やタレント活動で、文化人としての活動を広げようとしているようだが、日本の近・現代史についての知識が皆無との指摘がある。
 ただ、最近は良識の回復により、次第に活動の幅が狭くなりつつあるようだ。著書『ハイブリッド・ウーマン』(講談社)で、「必死に働く女性がいいのではない。仕事と家事と良いとこ取りをする女性がいい」と身勝手なことを書いたため、良識あるご婦人方から、強い抗議を受けた。




2)芸能歴



 遥は、一応芸能人である。といっても、久本雅美など、ゲテモノ系に分類される。横山ノック・フック・パンチで有名になった上岡龍太郎とコンビを組んでテレビに出ていた時代があった。小生も、小さい頃よく見ていたが、的外れなどを言っていた記憶しかない。面構えも、はっきり言って子供の落書きのような面構えである。当の本人は、「福娘になれるほど美人」とノタマっているが、思い上がりも甚だしい。顔は、人格を写す鏡だといわれるが、的を得た表現だろう。
 ちなみに、「彼女」は、未だに、ときめきタイムリー(よみうりテレビ) 、週刊トラトラタイガース(よみうりテレビ) 、キスした?SMAP(朝日放送) 、爆笑BOOING(平成5〜8年 関西テレビ)、とテレビである意味大活躍している。    
 他にも、ラジオでは、Jam the WORLD(J-WAVE、水曜のみ) 、かんさい土曜ほっとタイム(NHK、4月〜9月土曜担当)と、かなり下品な関西弁でしゃべくっている。これは、昨年ネットでも叩かれていたので、記憶にある方はご存知かもしれない。
 意外なことに、日本舞踊で藤間流名取の資格を持つ。在日だけに、金を積んで買ったのか、脅迫して毟り取ったのか、実力で取ったのか、「縁許し」でとったのか、それは定かではない。その腕前を披露していないのだから、信頼性にかけるといわれても仕方がないだろう。





3)非常識なる発言



 遥は、半島在日特有の非常識さを全開している。1つは、以下のURLのところを見ていただきたい。また、その中では、同類である反日在日である辻本清美との「親交」を物語るところもある。おぞましいほどの妄言であるが、フェミニストの無知蒙昧ぶりを知らしめるには、ちょうどよいかもしれない。



http://www.jinken.ne.jp/gender/haruka/har01.html



こんなに頑張ってんのに、なんで幸せになれないんだろうって。こんなにやっているのに、なんで恋人はまだ私に文句をいうねんっ。こんだけやってて、なんでまだアシスタントやねんっ。意味も判らずあがいてました。今から思えば、それらは全部フェミニズムの問題提起になってたんですけどね。子どもの手を引いて『40です』って言っても、何ら逆風は来ない。でも、ミニスカート履いて、ウエスタンブーツ履いて『40です』って言った途端に、嵐が吹き荒れますからね。自分なりのライフスタイルを選ぶことが、決して自由じゃない。けれど、Cafeglobe世代も含めて、これから選択する方向に行くわけじゃないですか。簡単にいうと、いいとこ取りの、という発想だ。これは見事な合理性という評価もできるが、目的のためには手段を選ばない強欲さともとれる。あくまでもその瞬間の時代を意識した超合理主義から生まれた発想だ。……愛されるだけの女ではなく、戦うだけの女でもない。それらのもつ限界を超えた女のことだ。走りたい。けれど、周囲の状況が自由に走らせてくれない。そんな女性たちだけに向けて書きました。私のようなハイブリッド・ウーマンにおなり、っていう本になったらイヤやなと思ってます。それに、走ることが正解かどうかは判らないんです。なんだかまだ判らんけれど、どうやらこっちの方向なんちゃうかな、これからは……という段階で。けれど、走りたい女性に向けてのノウハウが少なすぎるし、お互いに現時点でのノウハウは共有できたらいいかな、と。車が走るには燃料がいるように、私たちが走るためにも男という資源を上手に使うんです。だから、味方としての男選びの眼力も必要。大人しい女が好きなオッチャンに混じって、元気な女が好きなオッチャンもいるんですよ。そんなオッチャンを目ざとく見つけて、後押ししてもらえればベストですよね。だから……私はこの本を、もっと走りたかったであろう辻元清美ちゃんに捧げたいんです。





4)テレビ番組上での妄言



 「彼女」の脱線発言のオンパレードは、これにとどまらない。昨年のたかじんの番組や、今年の田原の番組で、妄言を垂れ流している。



 @)「たかじんのそこまでいって委員会」



 「いい結婚相手いない。どこにいい男がいるんですか!」
「ちょっと待って!私たちに共感できる女性の方、拍手して下さい」
「私のこと、かわいい言うてくれる人もいますっ!!」





 A)朝日放送の『朝まで生テレビ』「女が日本を変える」



 遙洋子 (タレント・作家)
 (イメージとしての)父親 権威と幻想
一番体現しているのは田原。家族は女性ばかりなのに学習能力がないところが柳沢と通じる。



田原「何故、男が権力を握り続けているか」
遥「最初に握りやすいところにいたから」
田原「例えば、和歌山の毒カレー容疑者(林真澄)は殆ど根拠なくでっちあげ
られているのに、なぜ女性から反対運動しないのか」
遥「ウーマンリブで女性が叫ぶ時代から、叫んでも何も変わらない失望の時代
になっている」





3.フェミニストとしての遥洋子



宝島社の『まれに見るバカ女』において、与那原恵は、遥について「エロスがない、無機質で教条的」と断じている。また、遥が自分の家族を家父長制、性別役割分業により、「女差別」の存在を見出していることに、危険性を指摘している。遥は、上野千鶴子のような、富山の恥、日本の恥にそのような危険思想を学んだのだから、当然そのようになるだろう。
 遥は、他のフェミニストと違い、親の介護に真っ向から奮闘した。上野千鶴子などは、月一で介護しただけであるはずだが、『婦人公論』において、「仕事と介護を両立できた」などと妄言を吐いているので、それから比べれば可愛らしいところはあるようだ。




4.おわりに


 さて、遥洋子は、今後どのようなフェミ的活動をやらかしてくれるか、ある意味楽しみである。というのも、他のフェミニストとは違い、芸能界から入り込んだからである。そのような、フェミ界にとっては異分子であるはずの存在であるのだから、必ず齟齬を生じ、フェミニスト内で内ゲバをやらかしてくれるのは間違いない。
 すでに、首都大学東京の江原由美子が、学者としてはジェンダーフリー推進論者なのだが、一個人の本音の部分では、必ずしもジェンダーフリーに賛成しているわけではなく、むしろフェミニストが「バックラッシュ」として毛嫌いするタイプの考え方を信奉している。NHK衛星第一放送で、専業主婦論争の番組があったようだが、八木秀次氏との対談の後、「主夫」に対し、「八木さんの意見に賛成だ、自分も母親をやっているときは10年間ぐらい自分の手で育てたかった」、「そうでしょ。あなただって自分のやっていることに違和感があるでしょ」と言ったというのである。
 安倍政権は、様々な有用な改革をやっているが、その中には極左の有毒な危険思想が入り込んでいる。しかし、フェミ内も一枚岩ではない。上野千鶴子や田嶋陽子のような妄言フェミニストの言動によって、フェミも半ば間違いに気が付いているのもいる。今こそ、極左フェミを分断する好機である。
 法律を盾とした政府やフェミニストの脅迫的言辞に、「これから21世紀は男性も家事・育児をやらないといいパパになれない、女に見放される」などと怯える必要は全くない。男女共同参画という名のジェンダーフリーは、昔のマルクス主義と同じで、ただの一時的な流行にすぎない。それを掲げている「専門家」でさえ、内心では放棄したり、疑っていたりする。つまり、思想的にも科学的にもまともな吟味に耐え得ないプロパガンダでしかない。そのため、「フェミのいうことは、すべて、脳内妄想だ。実現不可能な世迷言を押し付けるな」と、きっちり反論すればよい。
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